一般社団法人 フィッシャーマン・ジャパン理事 / 株式会社 マルキン 常務 漁師 鈴木 真悟 “カッコよくて、稼げて、革新的”水産業に革命を起こそうと震災後の女川で立ち上がったのは家業を継ぐ気はないと故郷を離れた30歳の若者だった。一般社団法人 フィッシャーマン・ジャパン理事 / 株式会社 マルキン 常務 漁師 鈴木 真悟 “カッコよくて、稼げて、革新的”水産業に革命を起こそうと震災後の女川で立ち上がったのは家業を継ぐ気はないと故郷を離れた30歳の若者だった。

よごれながらも自分の道を拓くために⽇々頑張っている30歳の挑戦者たち。
この連載では、彼らの挑戦を紹介します。

“革命を起こそう”と思った理由

ー お爺さんは、銀鮭養殖に世界で初めて成功し、その六次産業化に成功したパイオニアだそうですね。

小さい頃は祖父母と浜で暮らしていて、船に乗せてもらったり、養殖場を見せてもらうのを純粋に楽しんでいました。でも、小学生になってまちなかの学校に通うようになったら、まわりにはサラリーマンや公務員をしているうちが多くて、水産業をカッコ悪いと思うようになって。
水産業に就きたいとは全然思わなくて、大学で東京にでたんです。

ー 水産業に就こうと思ったのは、なぜですか?

大学の友達に家が水産業だと話をしたら、リアクションが意外によくて。地元の海産物を送ったら、貴重で珍しいと喜んでもらったりして、イメージが変わったんですね。ところが、卒業後、食品商社に就職して知ったのは、価格競争が全てで、メジャーな魚だけが取引される流通の実態でした。売り場に魚の価値を伝えられるプロがほとんどいないので、価格に強い大手にしか勝ち目がないんです。

このままでいいのかと思っていた矢先に、東日本大震災がおこりました。全てが流され、ゼロどころかマイナスからのスタートでしたが、逆に「全てリセットされた今だからこそ、チャンスだ」と考えたんです。こだわりや付加価値をしっかり伝えて、商談ベースからスタートしていけばいいって。それで、震災後に家業を継ぐことに決めました。

“フィッシャーマン・ジャパン”の目指す未来

ー 実際に事業を手がけてみて、手応えはいかがですか?

やってみて気づいたのは、魚の価値がお客さんにあまり理解されていないということでした。そこで、どんな風に養殖しているかをポスターやPOPで伝えるうちに、付加価値が理解され、一般の流通品より高く買ってもらえるようになって。自分のところはある程度よくなったけれど、ふと周りを見ると、漁業をやっているのはほとんどが60代以上。このままだと継ぐ人がいなくなって漁業が廃れてしまうと危機感を持ちました。

そして、同じようなことを考える若い仲間と出会ったことをきっかけに「水産業に関わるメンバーで集まって、何かおもしろいことを仕掛けよう」とフィッシャーマン・ジャパンを立ち上げました。

ー フィッシャーマン・ジャパンでは、どんな活動をしているのですか?

水産業に関わるキッカケをつくりたいなと思って、漁業体験の場を提供したり、販売会をしたりと本当にたくさんのことをやってきました。水産業を「キツイ、汚い、危険」の3Kのイメージから「カッコよくて、稼げて、革新的な」の新3Kのイメージに変えていきたいと思っているんです。嬉しかったのは、地元の水産高校を卒業した生徒が、うちに就職することを決めてくれたこと。これまでは求人してもゼロでしたから、これって、ものすごい進歩なんですよ。

ー 鈴木さんにとって、「汚れ」とは?

何かを始めるには、誰かが汚れ役になることも必要だと思うんです。僕は汚れ役になることには全く抵抗がないので、やろうと思ったことには、自ら汚れ役になって、どんどん挑戦していきたいと思います。

“汚れとは、最初に挑戦した人にしか見えないもの。”

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